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装甲の歴史

出現した当初の戦車は、対人用の銃器に耐えられる程度の装甲しか持たなかったが、対戦車用の火砲が出現し、戦車自身もそれらを搭載するようになると、戦車は重装甲化への道を走る事になる。無論、厚くて重い装甲は機動性の妨げとなるため、両者のバランスが戦車開発の永遠の命題となった。

第一次世界大戦や戦間期の戦車は圧延鋼板をリベットまたはボルト留めした構造であった。しかし敵弾が命中した時の衝撃でリベットが飛んで車内にいる搭乗員や随伴歩兵を殺傷する危険があった。溶接技術が進歩すると共に、圧延鋼や鋳造鋼を溶接組みする製法が採り入れられた。

第二次世界大戦中には、ソ連が避弾経始に優れた曲面形状の鋳造砲塔と傾斜装甲を装備したT-34戦車を投入、独ソ戦初期のドイツ側の攻撃を寄せ付けなかった。この後、いわゆる戦後第2世代戦車まで、各国で避弾経始を意識した戦車設計が行われた。

しかし1970年代になると、従来の圧延鋼板ではほとんど阻止不可能なAPFSDS弾が登場して、それまで効果的であるとされた傾斜装甲による避弾経始は無効化された。そのため、第3世代戦車では装甲板にセラミック板などの異素材を挟み込んだ複合装甲が主流となり、車体の形もそれに合わせて垂直面の多く見られる箱形となった。

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2008年12月09日 11:41に投稿されたエントリーのページです。

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